3.危険か冒険か




 広いフロア。
 その中央の辺りに立てられた、太い柱に後ろ手に拘束される形で石川は「捕らわれて」いた。
 目に見える位置に派手な傷跡はいくつかあるが、ダメージはほとんどない。
 周囲の様子を窺い、それから自分の状体を確かめながら、石川はただ、待っている。
 何もない室内。
 ただ唯一音を発するようなのは、自らの腕に嵌められている時計だけだ。
 その音に混じって感じた、音にも満たない気配に、ふと無理な態勢でその時計に視線をやれば、この部屋に来てから、そろそろ半日といった頃合い。
 聞こえてきたのは、気配を消した足音。
 小さく響く、開錠の音。
 それから、ドアの開く音と、再び、今度は施錠の音。

 そして。
 目の前に立つ、金色に近い色素の薄い髪の、少年。

「…お久し振り、です」
 どこか驚いたような、呆然とした表情で告げられる言葉に、石川の瞳が優しく弧を描き。
「久し振り。無事そうで良かった」
 ばれてしまったかと思ったから。
 苦笑とも、からかいともつかない響きを宿したその声に、目の前の少年も軽く笑みを浮かべて。
「それは、俺の台詞でしょう?…すみません」
「構わないよ。それが、俺達の仕事だから」
 顔や、額や、手首や。
 わずかに残る肌から覗く、痛々しい傷跡や痣。
 それらに痛そうに顰められる眉に、けれど石川は気にしないようにと笑みを深める。
「見た目ほど酷いものじゃないから。…全く傷がない、って言うのは不自然だろ?」
 え、と。
 石川の話す内容に訝しく声を上げかける相手に先んじて。
「守るものが、あるから」
 ふわり、と。
 誰をもが見惚れるような笑みを、その端正な顔が。
 模る。
 それは決して紛い物でも作り物でもなかったけれど、それでも模倣された、模られたものでは、あった。

「…俺の知ってる人がね、ボディーガードしてるんですよ」

 それを見る少年の瞳が、何を思ったのか、石川に知る術はないけれど。
 唐突な語り口が、その内容が、何を思い、何を指し示しているのかも。
 ただ、酷く痛そうな光を宿したことだけは、分かる。
「その人も、守るもののためにいつも必死だった」
 だけど。
「そのために、自分を傷付けていいわけ、ない」
 手当てしますよ、と。
 有無を言わせぬ口調で、少年は石川の傍らに膝をつく。


 その言葉が、石川に語られたものなのかは、分からないけれど。


 それと似たような言葉を、耳が痛くなるほどに告げ続けてくる親友の顔を思い出し、小さく胸の内で謝った。