傍にいさせて、抱きしめてどんよりとした空を見上げて、羅貫はため息を吐く。 (――本当に万年曇りなんだな…) 天処国に来てから太陽を見ることはまったくない。聞いていたとはいえ少し気が滅入る。日光が恋しくなる。 そんなことを考えている場合じゃないと、頭を軽く振って探し人がいないかと周りを見渡せば、砂漠に埋もれるようにしてある大きな岩の上に彼は座っていた。 千艸、と名を呼ぼうとして、止めた。何故か声をかけてはいけないような気がしたからだ。開けた唇を閉じ、ジッと彼の姿を見る。 千艸は時々こんなふうに遠くを見つめていることがある。まるでこの世界を見渡すかのように大抵高い所で。 世界を見つめる瞳が何処となく不安げに見えるのは、羅貫の気のせいだろうか。 千艸は記憶がない。だから、そうやってこの世界を――自分の生きている意味を確認しているように見える。 いつもの強い気配は形を潜め、纏う空気はただただ静かで何処か儚げだ。 見ているのが辛くなり、羅貫は声をかけた。 「千艸………」 咽喉を通って出た声は驚くほど掠れていて小さかった。 聞こえただろうか、自分の小さな声は。 彼のいる空間に届いただろうか。 もう一度呼ぼうかと悩んでいると、近づいてくる足音が聞こえた。 「羅貫、どうかしたか?」 「千艸………」 目の前まで来た男は何時も通りの笑顔で、先程の儚げな気配は何処にも見当たらない。 いつも羅貫の隣にいるときと同じ気配に戻っている。 そのことに少し悔しくなり、唇を噛む。 「羅貫?」 黙って俯いてしまった羅貫を、どうしたのか、と心配そうに千艸が覗いてくる。 羅貫の側にいるときの千艸の最優先事項は自分だと、自意識過剰な訳ではなく事実としてわかっている。 だから、千艸は側にいるときは自分に心配を掛けないように気を配っている。それが、嬉しくもあり、悲しくもある。 「羅貫?」 頬に温かい掌が触れる。 そっと覗き込んでくる千艸に羅貫は泣きたくなった。 (…千艸、あんたはどこまで俺に優しいの?) 千艸が優しいからこそ自分は辛い。彼の弱い部分を見せてもらえないからだ。 そっと広い胸に頭を預けると、ふわりと背に腕が回された。 「羅貫、大丈夫?」 安心させるように穏やかな声が上から降ってくる。 羅貫はそのことにも胸が痛くなる。胸に何かが溜まって重さを増していく。 泣きたい。でも泣けない。彼を困らせるから。 「千艸…」 「うん?」 「あの、さ……」 「何?羅貫」 さっき何考えてたの?と続く筈の言葉は千艸のニッコリと嬉しそうな笑顔によって喉の中に留まった。僅かに羅貫の顔が赤くなる。 そんな顔されちゃ聞けやしないじゃないか。 最も千艸のことだから聞いても何でもないと言うのだろうが。 腹立たしく思いながら、ふと彼を呼びに来たのだと気付く。 「…何でもない。成重さん達が呼んでるから戻ろう、千艸」 「うん、羅貫」 名残惜しそうに千艸が抱き締めていた腕を緩めると、羅貫はその手を掴んで歩き出す。 握り返してくれる手の温かさに僅かに顔を緩ませながら仲間の元へと急いだ。 側にいさせて、抱きしめて その都度貴方を 癒せるように――…。 title by TV(甘えて5題) |