early morning「浜路?」 「荘介」 大塚村から教会へと引き取られて、そろそろ二月ほど。 そろそろ慣れ始めた教会での朝の勤めを果たして、住居部分へと戻る途中。 腕いっぱいに緑を溢れさせた幼馴染みを見つけて、荘介は思わずその背を呼び止める。 「お勤め、終わったの?」 「ええ。浜路は何してたんですか?」 「よもぎ、摘んでたの」 腕に抱えた平たい籠の中、溢れるように山に盛られた柔らかな緑。 春の匂い良い、新しい緑。 「一人でですか?」 低くもない声のトーンが、微かに険を帯びる。 微かに眉を顰めるようにする、心配性の幼馴染みに浜路は幼い顔ににこり、と笑み一つ。 「あら。こんなに早く森まで入ってくる村人なんていないわ。それに、此処を守ってるのは荘介と信乃なんでしょ?」 なら心配することなんて、何もないわ。 愛らしい顔で、いっそ切り捨てる潔さで言い切られれば、荘介はため息を吐くしかない。 荘介と、浜路と、信乃と。 幼い頃から荘介が保護者役を担っているとはいえ、最終的には結局信乃の言うことしか聞きはしないのだ、三人ともが。 それは、何よりも荘介と浜路の望むことではあったのだけれど。 「信乃、そろそろ起きる頃だわ」 ふと顔を上げて太陽の位置を確認した浜路が、暗に早く戻れと告げてくるのに荘介がもう一度、浅くため息。 言われずともそれは、浜路より先に荘介の気付いていたこと。 けれどここで戻れば荘介の窘めはこのまま有耶無耶にされることも、荘介には容易に予想できて。 「浜路、」 「ねえ」 呼びかけを強引に遮るのは、幼い少女の声。 「私は私のできることをするし、荘介は荘介のできることをするだけだわ」 幼い面の、大きな瞳。 全体に色素の薄い浜路は、肌の色も白く肩を覆う髪も淡く緩く波を打っていて。 その整った面が表情もなく此方を見詰めてくる様は、西洋の陶磁器人形にも似た様。 「私は信乃を喜ばせることはできても、安心させることは出来ないの」 それがどれだけ悔しいか、荘介に分かる? そう言って、真っ直ぐに射抜いてくる瞳の澄んだ色は、此方の醜い感情までも映し見るように、鋭い。 「…分かりました。信乃を起こしてきます」 「うん。いい子いい子」 くす、と。 幼い顔に大人びた笑みを浮かべて、籠を支える方ではない手が伸ばされ荘介の短い髪を子供にするように撫でに来る。 白の指先が、優しい力で髪を掻き混ぜる。 やわい白の爪先は、朝露に冷たく清く、濡れたまま。 「……浜路」 「いつまで荘介を屈ませずに、これできるかしら?」 非難の色を浮かべる瞳をどこ吹く風といった調子で流し、細い首をことりと傾げて浜路が真面目な声音。 「今日のお茶請けは草餅だって、信乃に教えておいてね」 「信乃にはお茶より朝御飯のメニューの方が気になってると思いますけどね」 「私ができるのは、これだけだもの」 信乃の好きな草餅を。 肩を竦めて、僅かに寂しさを滲ませて呟く幼い少女。 幼い笑みと白の手指に柔らかに背を押され、荘介は自分も浜路の柔らかな髪を一度梳きやって、踵を返した。 |