クリスマスにはダンスを…。




「――…Ladies and Gentlemen」

 ザワザワとざわめく広間にスッと通る声が響く。
 話していた者達は一様に口を閉ざし、声のした方を振り仰ぐ。
 マイクを片手に、正人がバルコニーに現れた。
「さぁ、皆。お待ちかねのクリスマスパーティーだよ!今日は、勉強の事なんて忘れてとことん楽しんで行こう!!」
 その言葉に、生徒達が歓声を上げる。
「ちなみに、ダンスの相手は自分で見つけてね〜」
 ひらひらと手を振りながら正人はカーテンの後ろに消えた。
 その言葉に火を点けられたのは女性陣。
「今回こそ、桜川先輩にお相手を!!」
「私は、御来訪寺会長を狙うわ!」
「あたしは、真柴先輩!!」
 決意に手をギュッと握り締める。
 獲物を探す猛獣の様にギラギラと目を光らせた淑女達が生徒会メンバーを捜す。
「あっ、いましたわ!!」
 レーダーでも付いているのか、人込みの中から目的の人物達を捜し出した少女が叫ぶ。
 その声を合図とばかりに、可憐なドレスをまとった乙女達は的へと向かうミサイルと化した。

「キャ――――――ッ!!!」

「げっ…!!!」
 襲い来る悲鳴に三人は顔色を変えた。
 身体は自然に反対を向き、猛スピードで走り出した。
「あっ、先輩方、待ってー!!」
 そんな事を言われても待てる訳がない。
 追いつかれれば一巻の終わりと言う強迫観念が三人を突き動かす。
 後ろの女性達を引き離し、三人は近くの空き部屋へと滑り込んだ。
「ひとまず安心かな…」
 フーッと、息を吐く。
 だが、壁の向こうからは三人を捜しているらしい声が聞こえてくる。
「…なぁ、御来訪寺。このままじゃ、俺達、殺られそうじゃない?」
「そーだねー。お嬢さん方、ここぞとばかり気合い入りまくりって言うか、殺気放っちゃってるからね〜」
 恐怖の為か汗が異様に出てきている央生に、正人は苦笑しながらも、のほほんと答える。
「真也も怯えるほどだし…」
 隣りにいる真也の顔は少し強張っている。
 流石の真也もこの手の殺気には弱いらしい。
「しょうがない。僕らは雲隠れするしかないね〜」
「雲隠れ…?」



******



 ホール内で軽やかにダンスを踊る生徒達を横目に、龍一は正人達を捜していた。
「何処に行ったのかな〜、あいつら…」
 捜すのに一生懸命で前をよく見ていなかった。
「キャッ!!」
「わっ!!」
 ドンと誰かにぶつかる。
 視界に鮮やかな色が映る。ドレスの裾のようだ。
 どうやら女性にぶつかったらしい事に気付き、龍一は慌てて手を差し出す。
「だ、大丈夫か!?」
「ええ、だいじょー…」
 そう言って振り向いた顔は見覚えのあるもので。
「ご、御来ほ……」
「シッ!!」
 名前を叫びそうになった龍一の口を素早く塞ぐ。
 そこには今まで捜していた正人がいた。しかし、彼の姿はどう見てもドレス姿で。
 人気の無い隅の方へズルズルと引っ張られながら龍一は声を出す。
「な、何なんだ?その格好は!?」
「いや〜、ちょっとね〜。女生徒から逃れる為に仕方ないのさ」
 仕方ないと言ってはいるが、正人は楽しそうである。
 そして、引っ張られて行った先にはこれまた女装した真也と髪を黒く染め、メガネをかけた央生がいた。
「…お前らもか」
「仕方ない。隠れていないと、彼女達に殺されそうなんだ」
 ぐったりした真也が不本意そうに言う。
「見つからない様にパーティーを楽しむ為にはこれが一番って事でな」 苦笑を浮かべながら、央生が言う。
 その時、今まで流れていた曲が終わり、次の曲までの間奏が流れ始める。生徒達はパートナーの手を取り、次々とホールに進み出ていく。
「一回くらいは、僕らも踊らなきゃね」
「えっ!?」
 そう言って、龍一の腕に手を掛け、空いているスペースに出て行く。
 それを見送った真也と央生はお互いを見た。
「じゃ、俺達も行きますかね」
「そうだな、御来訪寺も手を振っている事だし…」
 見ると、正人が隣りを指している。ここに来いと言う事らしい。
 央生は真也の前に手を差し出す。真也は自分の手を重ねた。
 彼らが出て行くのを待っていたかのように曲が始まった。
 ゆっくりとしたリズムに合わせてステップを踏み、クルクルと踊る。ドレスが花の様に広がる。ホールは様々な花で溢れた。
 曲は終盤へと移り、テンポが速くなる。
「っ!!」
 小さな声で真也が悲鳴を上げた。
「真也、どうした?」
 寄り添って踊っている状態では聞き逃す筈もなく、央生がそっと聞いてくる。
「ちょっと、足が…」
 ただでさえ歩き難い女物の靴を履いていると言うのに、曲のテンポが速くなり、真也の足に負担がかかったのだ。
 央生は真也の足の状態を見て、顔をしかめる。
「…」
 央生が真也の手を引き、ダンスの輪から離れようとする。
「真柴、大丈夫だから」
 中断するのを申し訳ないと思っているのか、真也はなかなか外に行こうとはしない。
 央生はしょうがないと、真也の背に手を回す。
「っ!な、何をっ!!」
 真也が素っ頓狂な声を上げる。
 央生が、意地を張る真也を抱き上げたのだ。
「お、降ろせ!!」
「暴れると落としちまう」
 慌てて抵抗する真也を軽々と抱え、央生はスタスタと会場を横切る。


「うわー、やっちゃったね」
「…スゲ」
 少し離れた所で踊っていた正人と龍一は呆然とそれを見送る。


 会場にいた全員の視線を背中に受けながら、央生達は扉の向こうに消えた。



******



 チラチラと雪が降る外を窓越しに眺める。
 側に設えられたソファに腰掛けながら真也は央生を待っている。
 央生は、真也をここに座らせるなり、どこかへ行ってしまった。
 彼を待っている間、真也は先ほどの事で赤くなった顔と速くなった鼓動を静めようと努めていた。
 ドアの開く音がして、央生が帰って来た。
「真也、これで足首冷やしとけ」
 戻って来た央生が濡れたハンカチを差し出す。
「ああ」
 受け取ったハンカチを僅かに腫れた足首に当てながら、隣りに腰掛けた央生を睨む。
「何であんな事した!とても恥ずかしかったぞ!!」
 眉を吊り上げて怒る真也に央生は気圧される。
「いや、だって、あのままにしたくなかったんだ…」
 困ったような顔をして央生は答える。
「もう少しで終わったのに?」
「………待てなかったんだ」
 央生が真也から顔を背ける。
 続けられた言葉は真也を驚かせるもので――。
「真也が心配で…」
 ぼそりと聞こえ難い小さな声で呟く。
 そう告白した央生の耳は赤く染まっている。
 それにつられて真也の顔にも熱が昇る。
 折角引いた顔の赤みがまた戻って来る。落ち着いていた鼓動もまた速くなった様な気がする。
 央生の一言が嬉しくて堪らない。
 ダンスを中断しても構わないほど自分を心配してくれた事に真也はこの上ない喜びを感じている。
 それを伝えたくて、真也は投げ出された央生の手に自分の手を重ねた。
「ありがとう」
 彼の肩に自分の頭を預け、真也は自分の思いを言葉にした。
 重ねただけだった手を央生がぎゅっと握り締める。
 二人は正人達が呼びに来るまで静かで温かい時間を過ごした。