気付けば、大切な…。ふとした瞬間、真也は何か物足りない感覚に襲われた。 何故だろうと考えてみれば、いつも見ている顔を一度も見ていないのに気付く。 当たり前の様にいつも一緒だったから、いないと何だか不安で。 気付くと、その姿を探していた。 ――どこにいるのだろう。 なかなか見つけられなくて、不安と寂しさが込み上げる。 歩いていた足がだんだん速くなって、ついには走り出す。 慣れ親しんだ姿を求めて。 ――…いない、…ここにもいない。 彼のいそうな場所を一つ一つ見て回る。 でも、どこにもいない。 真也の胸に穴が開く。少しの痛みをともなった穴。 それが大きくなる前に、早く姿を見て安心したいのに。 ――どこにいるの? 気分は迷子の子供のよう。 安心させてくれる優しい手がなくて、不安で心細くて堪らない。 そう思ったとき、視界の端に何かが映った。 (あ……っ) 見えたのは、裏庭で数匹の猫と共に眠っている姿。 足が自然にそこへ向かう。 裏庭に続く扉を開き、そっと彼に近寄った。 そばにいた猫達が真也の気配にそっと起き上がる。 擦り寄ってくる猫達をそのままに、真也は寝顔を覗き込んだ。 心地良さそうに眠っている彼の顔は、優しげな茶色の瞳が瞼に隠されている為か、いつもより幼く見える。 「真柴……」 やっと見つけた彼の名をそっと呼べば、じわりと安心感が押し寄せる。 起こさない様にと小さな声だったにもかかわらず、央生の瞼が微かに震え、スッと目が開かれた。 「……真也!?」 央生が真也を認めて、驚いたように名を呼び、起き上がる。 声を聞けば、ドッと温かさが体の中に広がる。 「どうした?」 優しい声で問いかけられれば、ジーンと胸がしびれた。 何も言わないでいる真也を心配したのか、央生がそっと頭を撫でてくる。 それが心地好くて、真也はそっと目を閉じる。 いつの間に目の前にいる男がこんなに大切になったのか…。 気付けば、央生が共にいることが当たり前になっている自分がいた。 呼ばれたような気がして、そっと目を覚ますと、誰かが覗き込んでいるのがぼんやりと見えた。 意識がはっきりして、それが真也だと知った。 「……真也!?」 何故ここにいるのか分からず、驚きを隠せないまま、彼の名を呼ぶ。 だが、真也は何も言わずただジッとしている。 「どうした?」 柔らかな声で聞いてみる。だが、返事はなく、央生はどうすればいいのか戸惑う。 目の前にいる真也が何だか頼りなく見えて、そっと彼の頭を撫でてみた。 サラリとした艶やかな黒髪を指で何度も梳く。 真也が心地良さそうに目を閉じる。まるで猫のようだなと、可愛く思えた。 すると、その様子を見ていた猫達が自分も撫でろと擦り寄って来て、甘えた声で鳴く。 それを見た真也がやっと笑顔を見せる。 「お前達も撫でて欲しいのか?」 そう言って、優しく猫達を撫でる。 (…よかった、いつもの真也だ) 先程までの寂しげな気配は彼のどこにもなく、央生はホッと安心する。 真也が猫達と戯れる姿を微笑ましげに見ていると、足に触れてくる感触があった。目をやると、央生のそばにも猫が擦り寄っている。その様子に苦笑しながら、そいつの頭を撫でてやる。 日向ぼっこをして温かくふわふわになった毛並みは、とても気持ちよかった。 (――…でも、真也の髪の方が手触り良かったなぁ) そう思うと同時に、央生は真也の髪に手を伸ばしていた。 「…っ!なんだ?」 「え?いや、その、髪に触りたくて…」 再び触れてきた央生に真也の体が少しビクついた。 「ダメ…かな?」 断られるのを覚悟して聞いてみる。 「……………別に」 真也は目を少しキョロキョロさせながらも了承してくれた。 僅かに顔を赤くした真也を背後から抱き込むようにして座り、柔らかな髪を撫でる。 掌に触れる感触に央生は安堵する。 ――真也がここにいる。 大切な者の温もりを感じられる。 その幸せは央生に安心感と満足感を与えた。 「――…ねぇ、何か余計な心配だったようだよ」 「…そうみたいだな」 扉の隙間から裏庭にいる二人を見ていた正人と柳澤は、ハーッと安堵の息を吐いた。 いつもと違う剣幕で真也が走っていくのを見た二人は、何かあったのかと気になって真也の後を追ったのだが。 「何て言うか……見てるこっちが恥ずかしいな」 「甘々だからね〜」 まさか、央生を捜していただけだったとは。 予想もしていなかった事柄であった。 「…なあ。このまま見ているのか、あれを?」 「そうだね〜。このままじゃ、僕たち、出歯亀みたいだし」 「だよなぁ」 誰が見たって、今の自分達は不審に見えるだろう。裏庭に出るのでもなく、そっとそこの様子を覗き見しているのだから。 「やっぱここは、邪魔者はとっとと退散せよ…だね」 「そうだな……」 裏庭の幸せそうな雰囲気にあてられた正人と柳澤は、そそくさとその場から立ち去った。 ――後に残ったのは、幸せそうな二人と彼らを取り囲む猫達だけであった。 |