僕への報酬




「真也、悪いけど裁縫道具貸してくんない」
 生徒会室の扉を開けるなり、そう言ってきた央生に真也はキョトンと見返した。
「何だ?何か破れたのか?」
「いやー、ちょっとブレザーを引っ掛けちまって、ボタンが取れたんだ」
 そう言って、央生が見せた制服は、言葉通りボタンが1つ取れてしまっている。しかも、よく見ると裾が少し破けている。
 一体、どこで引っ掛けたのか。
 真也は呆れた様に息を吐き、棚から裁縫道具を取り出した。だが、それを央生には渡さず、机の上に置き、彼に向けて手を差し出す。
「真也…?」
 真也の行動の意味が分からなかったのだろう。少し困った顔で央生が聞いてくる。
「制服、こっちに貸せ。俺がやってやる」
「えっ!で、でも…真也はやらなきゃなんない事があるんだろ?」
 自分でやるからいいよ、と遠慮してくるのが何だか気に入らなくて、真也は央生からブレザーを奪い取った。
「これくらいやっても別にどうってことない。それに、俺がやった方が早いんだ」
「でも…」
「今は暇だからいいんだ」
 言い募ろうとする央生の言葉を強引にねじ伏せて、真也はブレザーを直し始めた。
「…悪いな」
 申し訳なさそうに央生が呟く。
 自分がやると言ったのだから謝られる必要はまったく無いのだが…。
「何を今さら…御来訪寺のなんて何回も直してるし、気にする必要は無い」
「御来訪寺のね……本当、あいつのブレザーどうなってるんだ?」
 今、央生の頭の中には御来訪寺が武器を取り出す場面が浮かんでいるに違いない。
「……普通のブレザーだった気がするんだが」
「じゃあ、背中にでも貼り付けてんのかな?」
「さあ?御来訪寺に聞いてみたらどうだ?」
 真也の発案に央生は苦笑した。
「聞いてみてもあいつは答えてくれないぜ。きっと、御来訪寺お得意のはぐらかしが出るだろうからな」
「そうだな」
 央生の言い様に真也はクスクスと笑いながら応じた。
「ほら、出来たぞ」
 余分な糸を切って、きれいに繕われた上着を央生に差し出す。
「サンキュー」
 ニコッと笑って央生が受け取る。
「流石だな、どこ破いたのか分からない」
 素直に感嘆しているのが何だか可笑しくて、裁縫道具を棚に戻しながら真也はくすりと笑った。
「また、破いたら言ってくれ。直ぐに破いたら怒るがな」
「ああ。本当に、ありがとな」
 央生がフワッと和らいだ笑顔を見せる。
 真也の心を温めてくれるあの笑顔だ。

 ――報酬がこの笑顔ならいくらでも繕ってもいいかな。

 優しさを胸いっぱいにした真也はそんな事を思った。