おかしだんぎ




「真也真也!今年は何ー?」
「ああ…ちょっと待て。この書類仕上げたら冷蔵庫から取ってくる」
 ハロウィンパーティーを先週に終えたとはいえ、その事後処理やパーティーのせいで滞っていた通常の雑務のせいで慌しげな空気の色の濃い生徒会室。
 どこか雑然としたその部屋に入ってくるなり満面の笑みで問いかけてきた正人に、真也は書類から目を上げることなく淡々と返す。
 けれど、いつものこと、と正人が意に介す様子は無く。
 やや離れた位置で真也を手伝っていた央生は、本当に付き合いが長いのだとどこか感心するような思いでいつも通りのやり取りを眺める。
「じゃ、お茶の準備しなくちゃねー」
 淹れるのは真也だけど。
 言いながら正人は、棚にしまってあるティーポットやカップを取り出しに行く。
 その間に仕事に一区切りつけたらしい真也が、奥にある簡易のキッチンの方へ向かうのを、取り残された形となった央生が不思議そうに眺める。
「なーなー」
 相手に背を向けてカップやソーサーを用意している正人に、央生の声。
「何?」
「『今年は』って何?」
 呼ばれるのに肩越しに振り返れば、央生の首を傾げながら疑問の声。
 それを聞いて、漸くにそういえば今年は「初めて」の人物がいるのだと思い至る。
 それだけ馴染んでいるってことかな、と正人は口には出さず呟き。
「ああ、真也のお菓子のコト。毎年ハロウィン明けた次の休み明けに作って持ってきてくれるんだよ」
 ウチの系列は、毎年ハロウィンはイベントがあるから当日は無理だからね、と。
 正人の答えに、感心したように央生が声を上げる。
「へー本当、何でもできんだなー」
「ま、一通りはできるでしょ。僕だって、お菓子作れるよ?」
 視線だけで食べる?と問われ、
「…真也のだけでいーデス…」
 冷や汗を流しながら、視線を逸らして央生は告げる。
 美味しいのに、と残念そうな、つまらなそうな声を返されるけれど、どれだけ美味しかろうと正人の作るものを食べようとは思えない。
 少なくとも、央生には。
 まだ人生を棒に振る気など更々ないので。
「どうした?」
 その時、奥から戻ってきた真也が、ソファの背に突っ伏すようにしている央生を眺めながら不思議そうな声音で問いを向ける。
 その手には、甘い香りを漂わせる菓子を盛ったいくつもの皿を載せたプレート。
「何でもないよ。今年は何?」
 逆に正人に問われた真也は、まだ奥に何かあるらしくもう一度キッチンの方へと戻りながら声を返す。
「とりあえず、パンプキンパイとかぼちゃプリン。それにかぼちゃのクッキーと…」
「………真也、そっちの、何?」
 言いながら戻ってきた真也の手の中のプレートに何気なく目をやった央生は、思わずその台詞を遮って、問いかける。
 何だか灰色をした不吉な四角形の物体やら、妙に赤黒くぬめっている手やら、八本足の虫の乗った巣やら、何味とも知れない真っ赤な色の液体の注がれたグラスやらが見えるのは、気のせいだと思いたい。
 しかし、普段通りの冷静な表情でそのプレートを初めに持ってきたかぼちゃのお菓子の横へと並べた真也は、同じく冷静な声音で説明を始める。
「本で見つけて、面白そうだから作ってみた。そっちのが墓石ケーキで、それが血まみれ腕のゼリー、その奥野が蜘蛛の巣のキャンディーで隣のが血のジュース魔女の帽子添え」
「……………お菓子デスか?」
 それは、と、視線だけで指し示して。
 その不吉としか言いようのない物体の山から視線を外せないまま、央生がぎこちなく問いかける。
 ちなみに本の出所は正人だったのだが、どちらからも告げられなかった央生がそのことを知る道理も術も無い。
 幸か、不幸か。
「美味しかったぞ?」
「美味しいよ?」
 既に味見を済ませている慎也と、さっさと手を付けてみている正人の不思議そうな声。
「………そーデスか………」
 何だか泣きたいような気分になりながら、央生は疲れたようなため息を零した。