アキノヒ




 暑い。
 晩秋間近、防寒具のそろそろ必要な季節に抱く感想ではなかろうが、暑い。
 確かに、空調設備の整った屋内。
 故に寒いということはないが、それでも暑いといえるほどでは決してない。
 それでも、暑い。
 その元凶を軽く横目で睨みながら、真也は小さくため息を落とす。
 とはいっても、目に入るのは茶色く染められた短い髪ばかり、なのだが。
「…………真柴」
「………………何?」
「暑い」
 背中から覆い被さるように抱きつかれて、身動きすらままならない状態。
 しかも修道服を模した長袖の黒の長衣は、襟も詰められていてただでさえ暖かいというのに、抱え込むように相手の腕に込められては、文句の一つも言いたくなるほどには、暑い。
 それでも両腕を戒めるように肩に回された相手の両腕の力が緩められる様子はなく、むしろ強まったと感じられるほどだ。
 暑い。
 それに少し、痛い。
 さすがに息苦しく思え、そろそろ実力行使に出るべきかと前に回されている相手の腕に、手を伸ばす。
 伸ばし、触れた長袖越しの腕に、形良い眉が顰められる。
「真柴」
 もう一度、呼ぶ。
 けれど今度は、返される言葉はなく。
 長いような時間を待って、けれどやはり何の反応はなく、固く強張った首をどうにか動かす。
 ぎこちない動きのまま視線を落とせば、目に映るのは右肩に埋められた茶色の頭と、両腕を戒めるように回された黒の長袖に包まれた長い腕。
 見た目には、それだけ。
 けれど触れて、そして思わず離してしまった指先には、確かに残る震えた感触。
 強く力を込めているせいなのか。
 或いは。
「………………………」
 ぽん、と。
 持ち上げた右の手で、右肩の茶色の髪に軽く触れる。
 背中から抱きついている相手の身体が、わずかに身じろぐのが、分かる。
 そして、ほんのわずかだけ、力の抜けるのも。
 そのことに、真也も微かに息を吐く。
 かける言葉が、分からない。 
 央生の考えていることも分からなければ、どうすればそれが分かるのかも。
 だから。
 これ以上自分にできることなど、分からないから。
 もう一度、梳くように相手の短い髪に触れる。
 少しだけ傷んだような、けれど滑らかな質感の髪が呆気なく指を擦り抜けていくのがどこか物足りなくて、もう一度。
 幾度かそんなことを繰り返している内に、身体を戒める腕の力がほとんどなくなっていることに漸く気付く。
 それでも両腕は前に回されたままで、肩口に埋められた頭も、同じだったけれど。
「…………もうあーゆーのはヤメテクダサイ」
 込められた力の抜けたのを知りながらも、惰性めいた動きで相手の髪を梳く内、身体中の空気を吐き出すようなため息と共に、小さく囁かれる声。
 指すことが分からず一瞬首を傾げかけ、ふと耳に蘇った声を、思い出す。

 あの兵士の。

 大鎌が。

 横薙ぎに払われ、首を刎ねにきた、時。


 真也、と。


 切羽詰った声が、己を呼んだ。
 その声は誰の。

「…悪かった」
「……………うん」
 呟きに、返される声。
 許し合うというには、あまりにも甘えていると、思うのだ。
 何も言わず、ただ笑みを向けられて。
 だから、許されていると思って。
 これは、甘えだ。
「……すま、ない……」
 もう一度、小さく、小さく。
 謝罪の言葉を呟く。