やわらかに花の笑う




「やわらかくなったよねー」
 ごろん、と畳の上に横になって、正人の鮮やかな青の瞳が茶を淹れる真也の姿を上目に覗き込む。
 三学期をもう目前に控えた頃。
 隣の座敷では央生と龍一が冬休みの宿題に苦闘している中、既に終えてしまった正人と真也は現在特にすることもなくお茶の時間を楽しんでいた。
「何がだ?」
 丁寧な手つきで急須から湯呑みに茶を注ぎながら、真也は軽く首を傾げる。
 暖かな部屋の中、それでもうっすらと白く揺らいで見える、香りよい湯気越し。
 感情の色の薄い、漆黒の瞳。
 以前は確かにあった硬く透明な、冷ややかさのようなものが窺えないのは、きっと温かなその薄い紗の向こうにその姿を見るからではなく。
「まるくなったっていうんでもないんだけどね。表情や雰囲気がやわらかくなったよ」
「そう、か?」
「うん、そう」
 よく分からないと首を傾げる相手に、にっこりと笑み。
「僕は、いいと思うよ」
 続ければ、困惑げなまま真也がもう一度口を開きかけ、
「しーんやー!」
 教えてくれー、と。
 閉ざした襖の向こうから、央生の声。
 淹れ終えた急須を静かに机の上に下ろし、真也の立ち上がるような気配。
「今、行く。御来訪寺。お茶、机の上に置いておくぞ」
「ありがと〜。行ってらっしゃい、先生・・」
 起き上がりながらからかうようにそう告げれば、形良い眉が軽く寄せられ唇から小さなため息が漏らされる。
 それでも襖の向こうに告げた通り流れるような所作で着流しの裾を払い、隣の座敷へ向かうよう。
 その手には、香りよい湯気を浮かべる湯呑みを載せた盆。
 湯呑みの数を数えて、正人の表情に再び笑みが込み上げる。
 湯呑みの数は、3つ。
 それはつまり、央生が呼ぶ前から隣の座敷に戻るつもりだったということ。
 座った膝に擦り寄ってきた仔猫を指先で構いながら、真也の出て行った後の襖を眺めて正人は堪えきれない笑みを漏らす。
「まあ…犬っぽいっていえば、ぽいかなー?」
 くすくすと。
 動物愛好家の幼馴染みの変化の原因を思って、正人は楽しげに呟いた。