息をひそめて、微笑んで




 コン、コンとドアを叩く音に顔をあげ、石川は訪問者を部屋に招くべく、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
 ドアをそっと開けば、見知った顔が目の前にあった。
「西脇、どうしたんだ?」
「いや、ちょっとな…」
 石川の問い掛けに答える西脇は何処か眠たげで、疲れているのだろうかと思いつつ彼を部屋に通す。
 歩く足取りも何処か不安定で、何時もの彼からは考えられない。
 ベッドに落ちる様に腰掛けた西脇に、石川は再び問い掛けた。
「本当にどうしたんだ?何だか、凄く疲れている様だけど」
「あ〜、狸オヤジ…有馬教官の仕事を手伝ってたんだ…」
 苦笑を顔に浮かべた西脇が幾分眠気を含んだ声音で答える。
 有馬教官か――厳つい顔付きの気さくな教官の顔が頭に浮かんだ。
 有馬と西脇は、教官と生徒と言うより、父親と息子――いや、悪友に近いかもしれない――の関係だ。
 そのせいか、有馬は仕事の手伝いに西脇をよく指名したし、西脇も気安くそれを引き受けていた。
 そして、今回も仕事の手伝いをしていたらしいのだが、その内容がかなりきつかったらしい。
「で、疲れたんで眠ろうと思って部屋に行ったんだが…うるさくてな」
 自室のドアを開けると、ルームメイトのクロウと宇崎、そして何故だか尾美と康がいて、何やらワーワー言い合って――と言うか、クロウが尾美をいじめて遊んでいたのだ。
 これでは眠れないと石川の部屋に避難して来た訳で。
「と言うことで、少し眠らせてくれ…」
 そう言った西脇の台詞は切実で、石川は苦笑を浮かべるしかない。
「いいよ。このベッド、自由に使っていいから」
「さんきゅ。…石川、ちょっと」

「?」

 ベッドに横になったまま手招く西脇に、小首を傾げ近くと、グイッと手を引かれる。

「ッ!?」

 弾む様な衝撃が体を襲ったかと思うと、膝の上に微かな重みがかかる。
 気付けばベッドに座る態勢で、膝の上には西脇の頭が乗っている。所謂、膝枕の形になっている事に石川は顔を赤める。
「に、西脇!?」
「30分、したら、起こし……」
 最後まで言い終わらない内にスースーと寝息が聞こえ始める。
 その寝付きの良さに赤くなっていた顔の緊張が解け、柔らかな笑みが浮かぶ。
 西脇を起こさない様に不安定だった姿勢を楽なものに直し、穏やかに眠るその顔を見つめる。

「おやすみ…」

 ポツリと呟いた言葉は何処までも静かだった。





静かに眠りに就く時は

息をひそめて、微笑んで

穏やかな休息を

私から貴方へ――…。


title by TV(甘えて5題)