君の為に




「あのさ、聞きたかったんだけど…石川、いつから柔道始めたんだ?」
 柔道の授業が終わってからの休み時間に、西脇はずっと聞きたかった事を石川に言ってみた。
 初めて石川の柔道着姿を見た時、彼が黒帯を締めていたのが『詐欺だ』と思うくらい意外だったのだ。その時は、今のように仲良くはなかったので聞けなかったのだが――。
「えっと、小学生の時かな」
「へ――っ」
 小学生とはだいぶ小さな時だ。そんな頃から柔道を習っていたなら黒帯なのも納得できる。
 ただ、石川自身が習いたいと言ったのだろうか?
「自主的に?」
「いや、父親に言われてだったかな」
「何で習えって言われたんだ?」
「…何でだったかな?何か色々言っていた気がする」
 何となく予想がついてはいたが、一応聞いておく事にした。
「色々って、例えば?」
「えっと、仲の良かった子がやっているからとか、健康に良いからとか…」
「えっ?」
 西脇は予想していた言葉が出てこなかったのに驚いた。
 絶対『自分の身を守る為』だと思ったのだ。
 今の石川がこれなのだから、小さい頃はきっと可愛かった事だろう。当然、危険もいっぱいだったに違いない。
 それ故に父親の行動が信じられなくて、つい聞き返してしまう。
「そんな理由だったのか?」
「ああ…でも、何か真剣だったぞ。やたら俺に柔道をさせたがってた。別にやりたくないと言ったのに、次々に理由を付けてきてな、最後には弟達を守る為だとか言って。結局、やるって言うまで勧めてきたよ」
「あ、やっぱり」
「何が『やっぱり』なんだ?」
「いや………」
 どうやら石川の父親本当の理由を告げないようにしながら、息子に柔道を習わせようとしたらしい。多分、石川の自尊心を思ってのことだろう。流石父親と言うべきか…。
 いや、しかし石川の親父さんにはお礼を言いたい。
 良くぞ石川に柔道を習わせてくれた、と。
 おかげでこちらは安心できる。もしもの時でも、ちょっとした場合なら石川が自分で何とかできるのだから。……やり過ぎるかも知れないが。
「石川、親父さんに礼言っとけよ」
「?」
 キョトンとした石川を眺めながら、西脇は晴れやかに笑った。