鬱金香―tulip―大切な人。 その身も、心も。 その強さも、弱さもすべて護りたい。 そう感じることができた、愛しい人。 『ずっと側に居るよ。何があっても、君とともに――』 そう告げれば、君は少し恥ずかしそうに、そしてとても嬉しそうに笑った。 「そっちはどうだ、西脇」 薄暗い曇り空の下、どんよりとした空気を割って清々しい声が西脇巽の耳に届く。 周囲を見渡していた視線をその声の主に向ける。 颯爽とこちらへ歩いてくるのは自分の上司にあたる国会警備隊教官、石川悠だ。といっても、彼と自分は訓練校の同期生、さらにいえば恋人だったりするのでかなり気安い関係である。 その立場上、議事堂内を走り回っていただろうに、少しも息を乱さずに傍らに来た青年に西脇は口を開いた。 「何も異常はないな。…本当なのか、その脅迫文は?」 今日、国会議事堂に宛てて脅迫文が送られてきた。内容は『議事堂を爆発する』という良くあるもので、白い紙に用件だけを書き記し、これまた白い封筒に入れて寄越されたのだ。送り主の名はなく、本物かイタズラか判断に困る物であった。 「分からない…まだ、何処からも爆弾発見の連絡は入ってないんだが」 「そうか」 本物であったら大変なことになる。爆発の規模にもよるがそれなりに被害が出てしまうだろう。そして、爆発してしまったら警備隊の教官である彼の責任が問われることになってしまう。 被害を出さない為にも、そして目の前の彼の為にも。 「早く見つけなければな…」 「ああ…」 石川の声に沈むものを感じて、西脇はちょっと身を屈めて少し下にある顔を覗き込んだ。 「な、何だ…?」 いきなり覗き込まれて、石川は焦ったように身を引こうとしたが、それより先に西脇が彼の顎を掴んだ。 そらせなくさせた石川の顔を西脇はじっと見つめ、ギュッと眉をひそめた。 「石川、疲れてるな…」 「……」 図星なのだろう。顔を背けることができない石川は視線だけでもとあらぬ方向を見ている。 そういえば、最近忙しかったことを思い出す。満足に眠っていないのだろう彼の目の下にはうっすらと隈ができている。 溜息を一つ吐き、西脇は石川の額に軽くキスをする。 「なっ…西脇っ!!」 一瞬にして真っ赤になりわめく可愛い恋人に笑みを浮かべ、軽くウィンクしながら言葉を継ぐ。 「疲労回復のおまじないな」 「〜…もう行くからな!」 恥ずかしさからか何も言えなくなった石川は、赤い顔のまま踵を返して去っていった。 その後ろ姿を見送りながら、西脇は苦い顔をしながら呟いた。 「ホント、さっさと見つけなきゃなぁ…」 その連絡が入ったのはそれから間もなくのこと。東側入り口の天井に不審な物を発見した、と隊員から無線が入った。 外の警備を確認しながら西脇も東ゲートへ向かった。 周りに指示を出していた石川に状況を聞くと、周囲にいる人の避難と爆弾処理班を待っている所だという。爆弾はかなり分かりにくい所にあって、内部犯の可能性が高い、と苦い顔をしていた。 視界の端で何かが動くのが見え、気になり視線を走らせた。 門の外、一人の男がこちらを窺っているのが見える。目深に帽子をかぶり、さらにサングラスまでしている。見るからに怪しい人物だ。 側にいる隊員に職務質問させようかと思っていた時、男は徐にペン状の物を取り出した。 その瞬間、西脇の感覚が危険を告げ、少し離れた場所にいる石川に向かっ て体が動いた。 石川との距離を一気に走り抜き驚く彼を胸に抱え込んで地に伏せた直後、カチッとスイッチの入る音とともに爆弾が次々に爆発し、天井の破片が爆発の勢いに乗って落ちてきた。 背中と頭に激痛が走り、西脇はそのまま意識を失った。 |