始まりの前「…こういう時、外国に来たんだとしみじみ感じるな…」 異様な盛り上がりを見せるロビーの人だかり。 その集団からやや離れた辺りに肩を並べながら口を開いた西脇に、石川は同感だとばかりにため息を吐く。 十月も半ばに差し掛かろうという頃。 ロスDGに二人が研修に来て、およそ一ヶ月が経過している。 英語に不自由しないことと、あまり町などに出かけずに警備隊の研修に専念しているために異国に来ているという不自由も違和感もほとんど感じてこなかったのだが。 「ハロウィン、か……」 丁度一年前に俄かパーティーの口実となったイベントは、異国の発祥の地では思いがけず大きな行事であったらしい。 現在目の前の集団の向こうで行われているのは、当日開かれるらしい仮装パーティーの仮装を決めるくじ引き。 ここでは自分でしたい仮装をするのではなく、事前にくじで仮装を決めて、当日までにその衣装を用意して身に着けるというのが習いのようだ。 似合わない仮装を引いたら悲惨だなと呟く石川に、それが醍醐味なんだろうと西脇の気のない答え。 自分たちには関わりのないことだと思っていたのがどうやらそうではない様子で、乗り気でないまま二人はここにいるのから、西脇の態度も仕方ないことだが。 まして、その理由の大半が石川の仮装見たさとパーティーへ誘う口実欲しさだと感付いている西脇にとって見れば、ますます乗り気になれたものではない。 「イシカワ、ニシワキ!」 人ごみの向こうからこちらを呼ぶ声に、二人は一度お互いに顔を見合わせ、渋々と背を預けていた壁から身を離した。 「西脇、何引いた?」 くじを引いて戻ってきた相手に問えば、引いた紙を広げて目の高さに掲げられる。 「“Dracula”」 吸血鬼だ、と告げて寄越されるのに、 「似合いそうだ」 「“Princess”じゃなくて、ほっとしてるよ」 軽い苦笑交じりに返される石川の感想に、西脇が肩を竦めながらおどけてみせる。 参加者の9割以上は男だというのに、くじの中には“Princess”だの“Witch”だのといった女装の類も少なくない。 「確かにな」 笑いながらそれじゃあ、とくじへと向かう石川の様子に西脇は、本当に鈍い、と背を向ける相手に気付かれないように小さくため息。 果たしてここにいる何人が、石川がその類のくじを引くことを心待ちにしているのやらと思うと、軽い頭痛すらしてくる、 見ていると、引いたその場でくじを開くことなくさっさとこちらに戻ってくるらしい相手の姿。 「何だった?」 「今から見る。……幽霊?」 手元を覗き込めば、“Ghost”と記された紙。 単純に考えてこの仮装となれば、頭からシーツを被るようなものだろう。 「本当、強運だな…」 呆れるのを通り越し、ほとんど感嘆するような響き。 怪訝そうに見遣ってくる視線を感じつつも、悔しがる周囲の様子に西脇は快活に笑い声を上げた。 |