ジャック・オ・ランタンの悲劇「…何があったんだ?」 寮の自室。 半年以上を過ごし、最早慣れたその部屋のドアを開くなり、西脇は聞く相手もないのに思わず小さく呟く。 床に散乱しているオレンジや黄色、緑の欠片。 同じく、こちらは辛うじて台の上に放り出されてあるナイフやペンの類。 そして、そんな雑然とした室内に流れる、甘い香り。 30分ほど買い出しに出ていた間にすっかりと様変わりしてしまった部屋の様子と、そこに流れる胸を焼くような甘い香りに部屋に入ることも躊躇われ、西脇は開いたドアの前に立ち尽くした。 事の起こりは1時間ほど前。 重そうな紙の袋に十数個のかぼちゃを抱えて宇崎が外から帰ってきた所から始まった。 片手に載るくらいのものから両手に余るくらいのものまで、鮮やかな橙や黄色、緑といった色とりどりのかぼちゃ。 どこか玩具のようなそれらは、近く控えたハロウィンで飾り用に用いられるものだ。 「店で見つけて可愛かったからさ。それに俺、あれ作ってみたかったんだよね。かぼちゃの提灯!」 紙袋の中身をごろごろと床に広げながら宇崎は楽しそうに声を上げる。 「ジャック・オ・ランタンか?」 「そういえば、小学校の時1度だけ作ったことが…」 宇崎の妙な喩えに苦笑しながら水を向けるのは西脇で、その言葉にふと思い出したように小野がかぼちゃを眺めながら言う。 「へえ、日本じゃ珍しいね。私はないな」 作ったこと、と続けるクロウの言葉に、 「クロウは、菓子専門だろう」 「…悪戯もするだろう、コイツは。何だかクロのためにあるような祭りだな…」 石川の笑み交じりのからかいと、後を継ぐ西脇の厭そうな声。 一頻り盛り上がった会話は、そのままの流れで小野の記憶を頼りとしたランタン作りへと向かい。 そのまま、あれよあれよという間に俄かパーティーの様相を呈し始めた室内で、じゃんけんに負けた西脇が買い出しに行くことになったのだが…。 「あ、お帰り」 「ただいま。宇崎たちは?」 ドアの開く気配にでも気付いたのだろう石川が、奥の流しの方から顔を見せるのに、西脇は荷物を床に置きながら他に人のいる様子がないことに首を傾げる。 「人集めに行ってる。もうそろそろ隣に集まってるんじゃないかな」 「隣?」 「この部屋じゃ、集まれないだろ?」 隣、つまりは石川たちの部屋に何故、と問いかけるのに、石川は目線だけで床やら台やらの様子を示す。 確かにこの散らかりようでは、まともに人の座る場所もないだろう。 「…まあな。じゃあこれは、隣に持っていけばいいのか?」 示すのは、ビニル袋3つ分の菓子や飲み物の類。 「ああ。悪いけど、頼む。俺はまだちょっと、手が離せないから…」 手伝えなくて悪い、と。 重たげなその荷物に目をやりながら苦笑を返してくる相手に、 「何してるんだ?」 そういえば、と。 部屋に入ってすぐに気付いた甘い香りに、半ば石川の行っていることの予測はついたが、その経緯が分からない。 「ジャック・オ・ランタンの後始末」 楽しげなような、呆れたような、どちらともつかない笑みに瞳を細めながらの答えに、けれどその意味を掴みかねて西脇は更に続きを求める。 「いや、途中からお菓子の方に話が盛り上がって。それに、大きめの4、5個はランタンの形にできたんだけど、小さいのはやっぱり難しくて…。あと中身は余るだろう?だから、それ使ってとりあえずパンプキンパイとかかぼちゃプリンとか」 クロウのおかげで、お菓子の材料には困らなかったし、と。 続ける石川に、 「……なんだかな……」 自分のいない間に起こったことにか、それとも今部屋に満ちる甘い香りにか。 どちらにともつかない、疲れたような西脇の呆れ声。 「煮つけでも作っておくよ」 「ありがたいな」 肩を竦めて見せる石川に、西脇は苦笑を返した。 |