そんな始まりの夜「うわあ!石川、大丈夫!?」 戻って来た二人を認めて、宇崎が自分こそ痛そうに顔を顰めながら真っ先に声を掛けにくる。 そのまま自然にごく近くにまで寄せられる顔に、石川はわずかに顔を引きながらもぎこちなく頷いて見せる。 慣れない距離に、けれど振り払うようなことはなく。 それだけでも随分な進歩だと、西脇は苦笑と共に思う。 「宇崎。俺には見舞いの言葉はなしか?」 真っ先に、喧嘩の相手にのみかけられた言葉に西脇が揶揄するように声を掛ければ。 「あ、そうだ。西脇も大丈夫?」 返されるのは、余りにもといえば余りにもな答え。 「………宇崎」 「いや、だって」 「西脇のは、自業自得だよ」 不意に背中に掛かる重みに首を回せば、肩を組む要領で背後から西脇を覗き込む見知った顔。 「クロ」 「お帰り。首尾は?」 「とりあえず壊した物の弁償だけ」 「おや寛大」 「有馬教官だったから」 なるほど、と納得した様子のクロウとの会話を一旦締め括って隣を見やれば、いつの間にかできた人だかりに、声を掛けるつもりだった相手を見失う。 「……こんなに残ってたのか?」 「そりゃ、石川の顔に傷が付いたとなれば。お前校内中の野郎の恨み買ったぞー」 「それで、俺の心配してくれる奴はなしって?」 対外的に見て先に手を出してきたのは石川だろう、と。 事情を正しく把握する相手に嘯くように続ければ、 「さっきの宇崎の言葉通り、だよ」 「というと?」 「明らかに石川の方が痛々しそうに見える」 返された言葉は、身も蓋もない。 思わず肩を落とした西脇に、クロウが人の悪い笑みで追い討ちをかけるように更に続ける。 「何?慰めて欲しかったわけ?」 「いや、それは全然。ただ先が思いやられるな、と…」 「ま、きっかけを作ったのはお前なんだから最後まで責任持つんだね」 重いようなため息に返されるのは、無責任に背を叩くクロウの掌だ。 「西脇、クロウ」 そこに、人の輪を抜けたらしい石川が声を掛けてくる。 「お帰り。よく抜けれたね、石川。顔大丈夫?」 「もう、俺がいようといまいと関係ない状態だから…。顔、そんなにひどいか?みんな聞いてくる」 軽く眉を寄せながら首を傾げる様子の石川に、西脇は眉間に皺を刻み、クロウは楽しげな笑い声を上げる。 「それ、傷が残らないか心配してるんだよ。石川の顔に」 笑いながら返すクロウに、石川はますます首を傾げるようで。 「…別に男だし、顔に傷が残るくらいどうってことないと思うけど。それより、西脇の顔に傷が残る方が女性に恨まれそうだ」 腫れてきた、と。 触れるか触れないかの位置で頬に伸ばされる指先に、西脇の眉間の皺が更に深くなり、クロウの笑い声は大きくなる。 「え?何だ?おかしなこと言ったか?」 「石、かわっ!それ、無いし、きっ?」 身体を二つに折りながらのクロウの切れ切れの言葉に、訳の分からない石川は首を傾げての疑問顔だ。 そのまま救いを求めるように西脇の顔を見返せば、そこにあるのは苦虫を噛み潰したかのような渋面で。 「西脇?」 「…クロウ。どっちで笑ってる?」 「……っ!両方………っ」 石川の疑問の声に答えず、西脇の問いはクロウに向けられる。 が、その冷えた声にもクロウの笑いは収まる様子を見せないようで。 「西脇?クロウ?」 「………とりあえず、手、離してくれ………」 頬の傷を確かめるように西脇の頬に片手を添え、近い位置で顔を覗き込んでいる石川は、その言葉の意図を飲み込めないまま軽く首を傾げるよう。 クロウを笑い止ませたいなら、と。 続ける言葉に頬から外される手。 けれどクロウの笑い声に集まりだしていた周囲の視線が、自分達二人の姿を映すなり固まっていくのに、もう手遅れかと思いつつ、西脇は疲労の色濃いため息を吐き出す。 |