コンソメスープと思い出語り




 のぞいた厨房に見慣れない姿を見つけて、西脇は思わず声を掛ける。
「何してるんだ?」
「……料理だろ、どっから見ても!」
 明らかにサイズの合っていない調理服の背中が、一瞬の間の後振り返ることもなくぶっきら棒に告げて寄越した。
 いやそんなの見れば分かるけどとは内心だけでの答え。
「岩瀬の?」
「……………………そうだよ」
 簡潔な問いに、先程とは比べものにならない長さの沈黙をおいて、こちらも簡潔な答えだ。
 振り返ることのない顔が、それでも血が上っていると知れるほど首筋まで朱に染まっている。
 しかしその間も、器用に材料を刻んでいく包丁の音が止むことはなく。
 用意されていた何種類もの野菜が、危なげのない手つきで刻まれていく。
 それから、小さめに刻まれた野菜を煮立った鍋の中へ。
 鍋の中の様子を見ながら火の強さを調節して、そして手のすいた隙に流しで空いた道具を洗っていく。
 何とはなしに、背中越しにその手際のいい作業を眺めていると、先程から一度もこちらを振り返ることのなかった顔が振り向いてくる。
「そういえば、西脇が料理を作ってるところってあんまり見ないな」
 警備隊になってからは、一度も見てない気がする。
 泡のついた道具を次々と濯ぎながら、手元を見るでもなく首だけ振り返った相手が小さく首を傾げる。
「機会もないし。ていうか、石川だって岩瀬が来てからだろ」
 からかうでもなく告げれば、振り向いていた顔が逸らされて軽く間があく。
「………そうだけど。西脇は、ドクターには作らないのか?」
「ドクターが次に寝込んだときに作ることになってる」
「…ドクターが寝込むなんてこと年に一度あるかないかじゃないか…」
 呆れたように溜め息をつく石川に、西脇は軽く肩を竦めて見せるのみ。
 やがて洗い、拭き終えた道具を元の位置に戻した石川の足が、再び鍋の方へと向かう。
 野菜の様子を見ながら、石川がふと、思い出した口調。
「そういえば、ドクターって料理できないんだってな」
 器用そうなのに、と続けるのに。
「ドクターは仕事以外は不器用だから」
 あっさりと返される、惚気ともとれるその答えに石川が軽く笑う気配。
「お前は何でもできるよな。器用というか、要領がいいというか」
「石川も基本的にそうだろ。ただし自分以外のことだけ」
「…何か、含みがあるような気がする」
「そりゃもう」
 返せば、多少なりとも思い当たる節があるのか、石川は不満げな表情のままけれど口を閉ざす。
 その様子に、多少は自覚が出てきているのかと西脇は半ば感心する思いだ。
 ふと鼻先を掠める匂いに気を引かれ、味を調えるらしい石川の肩越しに鍋の中をのぞき込む。
「コンソメスープ?」
「あっさりしてるし、栄養とれていいだろ」
「ま、あいつは石川が作ってくれたものなら何でも食うだろうけど」
 味見てくれ、と肩越しに差し出される小皿を受け取りながら横目に石川を見遣れば、その頬がわずかに朱を帯びたのが分かる。
 それを見ないふりで小皿に口をつければ、その手際に反しない味。
「美味しい」
「よかった。サンキュ」
「い−え。…そういえば、俺の時もコンソメスープ作ってくれてたな」
「西脇の時?…あ」
 何のことだと首を傾げた石川は、その次の瞬間には西脇の言わんとすることに思い当り、小さく声を上げる。
 それから、思いきり肩で息をついて、
「………お前、それ絶対岩瀬に言うなよ」
「当然。わざわざ番犬つついて起こすような真似をする気はない」
 疲れたような石川の声音に、軽く両手を上げた西脇の飄々とした答えだ。