3.危険か冒険か




「3通目、そろそろ送っても大丈夫そうですか?」
 持ち込んだ救急箱を手早く片付けながらの結城の言葉に、石川はすぐには答えず沈黙を保つ。
「……早めの方が、いいですよね?」
 重ねられる問いに、けれど石川は口を開かない。
「結城くん?」
「『くん』いらないですけど。何ですか?」
「俺が誘拐されたっていうのは、もう教官まで話が通ってるかな?」
「今朝の段階ではまだでしたね。あなたが休暇を申請してたのを調べたんだと思いますけど」
 同期の皆さんは優秀なんですね。
 苦笑めいた笑みと共に続けられるのに、石川がどこか誇らしいように柔らかに笑む。
「…1つ、考えがあるんだけど」
「はい?」
「その前に、訊きたいことがある」
「何ですか?」
「君の、目的は何だ?」
 情報を、差し上げに、と。
 告げられた言葉に、ずっと付き纏っていた違和感が、明確に形をとり始めたのはつい先ほど。
「君は、彼らに雇われたと言っていた。それを疑うつもりはない。けれど、だからこそ分からない」
「………」
 そこで言葉を切った石川に、結城はどこか諦めの滲んだ苦笑を浮かべる。
「何でも屋、と言っていた。表も裏も、関係なく、仕事の内容も問わない、と。ならば何故、こんな裏切るような真似をした?」
 信用は、何よりも大切だろう?
 探るように言を継がれるのに、真意の知れない結城の笑み。
「正義に駆られて、というのは?」
「…納得、できないわけじゃない。だけどどこか、腑に落ちない」
 嘯く応えに、けれど石川はふざけるでもなくその琥珀の瞳に真摯な光を浮かべて、真っ直ぐに言葉を放る。
 どこか、子供じみて見える、それ。
 無防備な、信頼をも感じさせるようなその瞳に、結城は小さく苦笑して、降参です、と両手を上げて見せる。
「…あなたが守りたいものと、俺の守りたいものが違うってだけですよ」
「……?どういう、」
「俺は、一人だけ守れればいいんです」
 たった、一人だけ。
 どこか酷薄な、その台詞。
 けれどそう言う笑みは、どこまでも柔らかだ。





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 素早く交わしていた言葉は、さほど大きくもない声。
 その合間に届いた靴音に、石川と結城は同時に口を閉ざす。
「結城くん」
「……本当に、いいんですか?」
 焦りを含んで促す声に、結城は納得しかねるように眉根を寄せる。
「当然。…一番、いい方法だと思うんだけど」
「…俺はそうは思いませんけど。きっと、石川さんの友人の方もそう仰ると思いますよ」
「だけど、って。結城くん、急いで」
 もう靴音は、階段を昇りきったよう。
 未だ渋面を保つ相手を促せば、諦めたように一つため息。
 結城は素早く辺りに目をやって自分の痕跡を残していないかを確認し、そのまま石川に一つ目配せだけを残してカーテンを引いたままの小さな窓から身を躍らせる。
 一旦窓枠にぶら下がり、鍵は閉めないまでもガラスの窓が閉ざされる。
 カーテンが引かれているから、そうそう気付かれはしないだろう。
 それを見届け顔を戻す頃、入れ違うように扉の開錠音。

「答えは、決まったか?」

 低い男の声が、前置きもなく問うてくるのに。
 石川の一瞬伏せられた瞳に、鋭い光。