1.愛か恋か




「なあ、俺がいなくなったらどうする?」
 起き抜けの頭に突然投げ掛けられた問いは、余りに要領を得ないもので。
「は?」
 思わず問い返した声は、酷く間の抜けたもの。
 それをどう取ったのか、窓際に佇んでいた相手は苦笑一つを浮かべて。
「…何でもない。早く朝食食いに行こう」
 開け放ったカーテン。
 それを開くしなやかな両腕の動きを、ぼんやりとした視界で眺める。
 振り返った端正な顔の笑みが、朝の陽に酷く白く透けて。
 その言葉を再び思い出すことになるのは、もう少し先のことになるのだけれど。
 ただその笑みの、どこか聖いような目映さに、襲うのは訳も知れない不安。
「石川」
 小さく、手招く。
 カーテンを纏め終えた相手が、小さく小首を傾げながら未だベッドにある相手の元へと。
 手を伸ばして近付いた相手の腕を引けば、驚いたようにその澄んだ瞳を見開いて腕の中へ倒れこんでくる。
 軽いとは言わないが、それでも決して重いとは言えない。
 容貌と相俟って一見華奢とも思わせる、鍛えられたしなやかな体躯。
 それら全て、もう腕に馴染んだもの。
「にし、っ!」

「好きだよ」

 咎めるような声も。
 逃れようとする身体も。
 全て抱え込んだ胸の内に籠め。
 ただそう、耳へと吹き込む。
 瞬間、鮮やかにその白い耳朶が朱に染まるのを見ながら、寄せた唇でそのまま相手の耳を挟み、舌を這わせる。
 大きく震える肩に気付かぬ振りで薄い皮膚を濡れた舌で擽り、柔らかな骨の形に歯を立て。
「、っ」
 耳朶の奥まで尖らせた舌を差し込めば、ひゅ、と高く喉に息を呑むような。
 そのまま肌を粟立たせる相手の首筋に指を這わせながら、濡れた耳朶に熱い息を吹きかけ。
「―――」
 紛れるように、注がれた言葉。
 それに、腕の中の相手が気付いたか気付かなかったかは、知らないけれど。
 抗する相手の腕が、縋る形に変わる頃、漸く唇は首筋へと下りて、離れる。



「朝食、食い損ねたな」
 時計に目を遣った西脇が、酷くあっさりとした調子で呟くのに。
「……誰のせいだっ!」
 未だ力の入らないらしい身体を西脇の胸に凭せ掛けたまま、頬を上気させた石川の噛み付くような声。
 それを真意の読めない笑みでいなしながら、西脇がベッドを抜け出し制服を取ろうと腕を伸ばすしな。

「俺も、だよ」

 え、と。
 小さく、空気に零れた声に振り向けば。
 酷く真摯な。
 幼子のように真摯な、澄んだ色の瞳が、西脇を映していて。

「好きだ」
「愛してる」

 囁いた言葉はきっとどちらも真実で、そしてきっとどちらも違うのだと。
 お互いに、知っていて。