閑話的日常風景―3 <ハンバーグのおはなし>




「西脇ー。氷出してー」
 簡易キッチンから流れてくる、あまく香ばしい匂い。
 耳に心地いい、油のはぜる音。
 それに被さって響いた、通りのいい声。
 共同リビングで寛ぐ格好だった西脇は、その声にソファから腰を上げる。
「どこ?」
「ボウルに出して、水張って。これ冷やすから」
 キッチンの小さな冷蔵庫。
 火を使う石川の背を邪魔しないように、冷凍庫の位置へしゃがみ込む。
 その中から取り出した氷を持ち上げて問えば、振り返らないまま声が返る。
 これ、と言葉で示されたのは、フライパンの中身。
 先程から、あまい香りと気持ちのいい音で部屋を満たしているあめ色たまねぎ。
 ボウルを取るついでに何気なくそれをのぞきこんだ西脇は、一瞬固まる。
「……多くないか?」
 一人用ではない大きさのフライパンに、あめ色になってなお溢れ返る量の、たまねぎ。
 思わず口をついたのは、間抜けな疑問符。
 こぼすことも、焦げつかせることもなく器用にそれを扱う石川に半ば感心すらしながら。
「そうか?」
「3人分だけ、だよな?」
「ああ。西脇と、宇崎と、俺の」
 クロウは、昨日から研修だし。
「…そんなに、使うか?」
「肉とたまねぎ6:4だから」
「へえ、多いな」
「肉があまくなるから。…多いか?」
「ま、多分。一般よりは」
「ふぅん」
 言う内にも、火から下ろしたたまねぎを氷水に浮かべたボウルの上へとあけて。
 冷蔵庫から取り出した合いびき肉をボウルにあけて。
 卵と、たまねぎ。
 パンから作ったパン粉。
 ボウルの中で、手早く混ぜる。
 それから。
「…牛乳?」
「入れないか?」
「少なくとも俺は」
「臭み取れるから、入れるって聞いて入れるようになったんだよな」
「なるほど」
 ボウルの中身を両手いっぱいにすくって。
 軽く丸めて、両手の間で投げ合って、空気抜き。
 何となくそのまま見ていれば、手伝えとばかりに目で示されて、苦笑。
 ホールド・アップの格好で、両手を持ち上げ顔の脇へ。
「二人も手、汚す?」
「…じゃあ、ソースあっためてくれ」
「了解」
 あらかじめ作ってあったらしい、小鍋の中のデミグラスソース。
 フライパンの隣のコンロで、弱火にかける。
 ゆっくりと立ち上る、食欲をそそる匂い。
「あ、醤油忘れてた」
「醤油?」
「そう。ソースに入れて。適当に」
「……デミグラスソース、だよな?」
「そうだけど」
「醤油?」
「食うのは日本人だろ」
 宇崎はクォーターだけど。
 形を作り終えたハンバーグを皿の上に置いて。
 丁寧に手を洗ってから、フライパンを再び火にかける。
 温まったらバターを溶かして。
 高い音と湯気を立てるその上に、三つの赤いハンバーグ。
「ただいまー。すごいいい匂いー!」
「お帰り」
「いい所で帰ってきたな」
「まーねー。あ、本当にハンバーグだ!ありがと石川ー!!」

 というわけで。
 本日はハンバーグ。


日記ss再録.