「教官?」
国会議事堂内の、議員は殆ど立ち入らないような奥まった辺り。
そこの、自動販売機前の小さなラウンジ状の場所によく知った人物を見つけて、城は思わず声を上げる。
けれど、さして小さいと思える声でもなかったというのに、座り込んでいるその人物は身じろぐ風もなく。
「……石川教官?」
もう一度、今度は近付きながら。
けれどやはり、その身体はわずかも揺らぐことなく。
近付いて、よく見てみればその整った面の中薄い瞼は伏せられているよう
だ。
静かな呼吸に、眠っているのだと知る。
一人で、か?
思って辺りを見回すが、常に、対となるほどに共にいるSPの姿はなく。
あまりにそれは、色々な意味で無用心ではないかと首を傾げたくなる。
と。
「………ん………?」
小さな、口の中でのみ呟かれる声。
見遣れば、伏せていた面を上げて、眩しい光にその瞳を瞬かせている姿が目に入る。
その瞳が、合う。
印象的な、光の強い眸。
それが今、どこか違う光を湛えているような、と。
「…?、か……?」
思うところに、こちらを認めた相手が、小さくこちらを呼ぶような声。
けれど、その小さな声は聞き取れず。
その響きも、どこか自分の名のものではないような気がして、眉を顰める。
「じょ、きょうか……?」
小さな、小さな、響きだけのような言葉。
けれど今度は、確かに城の耳にも届く。
それ、は。
その呼び名、は。
「………っ、あ」
どこか空ろだった石川の瞳が、その時弾かれたように見開かれる。
そしてそのまま、流れるのは気まずいような沈黙。
寝起きの狭間のこととはいえ、自分の発言を覚えているらしい石川も。
表情こそ変わらぬとはいえ、呼ばれた名に動揺を隠せぬ城も。
「城。…教官」
重苦しい沈黙を破ったのは、遠くから響いた低い声。
二人揃って、声の方へと首を向ければ、僅かに息を乱した外警班長の姿。
「、西脇……」
ほ、と。
石川の肩から、目に見えて力が抜ける。
それを見て、城も無意識に強張っていた拳を解き、詰めていた息を吐き出す。
「こんな所にいたんですか。岩瀬が捜してましたよ。城も、そろそろ休憩終わりだろう?」
不自然な空気に気付かぬわけも、疑問に思わないわけもないだろうに、けれどそのこ
とには一切触れずに。
西脇はただ、それだけを告げる。
「はい、今行きます」
静かな声で、失礼しますと告げて、小さく礼を。
そのまま、相手の応えも待たずに踵を返し。
「っ城!」
「……はい」
背に、かけられる、声。
咄嗟の勢いを覗かせる響きに一呼吸おいて振り返れば、視線の先の澄んだ瞳は、もうよく見知る強い光を宿している。
けれど、先を待って合わせた視線を、らしくもなく先に揺らがせたのは相
手の方だ。
「……い、や…。何でもない。悪かった」
「いえ。それでは、失礼します」
言って。
そのまま爪先の向きへと歩み出す。
最後に添えられた言は果たして何に宛てられたものだったのか。
分からないまま。
日記ss再録.